未来予測を力をつける面白テスト問題づくり │どこに○○をつくるとよいか  

  使える知識をもたせ、レポート形式で!      


 11月24日の朝日新聞の1面に、【「いい点って何」持てぬ夢】というテーマで特集が掲載されていた。     その中に次のような問いがあった。
┌─────────────────────────────────────────┐
│「親が社会に出た『過去』と、君が社会に出る『将来』と、どちらが幸せでしょうか」        │
└─────────────────────────────────────────┘
 私立海城中学校(東京都新宿区)の社会科の林敬教諭が三年生50人にアンケートをしたと言う。その中で42人が「過去」と答え、その理由として次のようなことが上げられていた。
「会社に入ってもリストラされるかもしれない」

「いい大学を出ても就職しにくい」

「昔の方が景気も悪くないので、たくさんの夢を見ていられるから」 

 悲観的な回答に、林さんは衝撃を受けたと言う。そして、林さんは、
「自分はどう生き、何のために勉強するのか、という意味を知らせるしかない。」
と言う。
 近未来的な問いである。
 少なくても中学三年生時点で、私はこんなことは考えられなかった。このような問いを発する教師とそれに答える生徒の姿に驚かされる。
 過去と現状の分析が、その子なりにもてるところにこういう問いと答えが存在する。自分なりの答えが持てるところ、また、答えに多面的な見方が存在するところでこそ未来予測力をつけるテストの問題は存在する。
 未来予測力をつけるということは、例えば、
┌───────────────┐
│ 人口が増えているという分析    │
└───────────────┘
から、
┌─────────────────┐
│ これからも増え続けるであろうか │
└─────────────────┘
というその事象の未来を捉える視点へ、さらには、
┌─────────────────────────┐
│ 人口が増えているのだから、 ~は~なるはずだ        │
└─────────────────────────┘
と、事象を他のものに関連づけて仮説をもって捉える視点への転換である。
 資料の分析などを結果の解明に活用して終わらせるのではなく、それを前提として自分はどう考えるか・何を生産するかという力をつけることになる。
 未来予測は、資料から読み取る不変な「没個性」ではなく、個の読み取りを前提とした一つの仮説であり、「個の主張」となる。
 そこで必要とされるものは、思考力の前提となる確かな知識である。まさに使える知識が必要となる。
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┌───────────────┐
│ どこに○○をつくるとよいか    │
└───────────────┘

 この提示の仕方は、子どもたちにとっては考えやすい。つまり、○○をつくるということは前提となっている。問題は、その場所である。限定の中にこそ幅広い思考が生まれる。完全な自由テーマでは空中分解となり、思考が深まらないことが多い。
 しかし、テスト問題としては果たして可能なのであろうかと考える。いわゆる時間と場所の限定されたテストで可能かということである。このような未来を前提とした問題こそ、自分の足と目でさがした生きた資料を使わせて考えさせたい。また、特に小学生の場合、その問題を考えられるだけの使える知識が身についているかと言えば大きな疑問となる。総合学習のテーマとしてみんなで追究するなどの十分な学習を経た後、つまり使える知識をいろんな形で身につけた後でなければ、個人テストの形式では難しいと考える。
 未来予測を迫るものには、問いと答えの間に追究の場が必要不可欠となる。大学のレポートのような形でなければ不可能なのではないだろうか。
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 私が現在担任する四年生であれば、
┌──────────────────────────┐
│ どこに新しいごみ処理場を作るとよいでしょうか。        │
└──────────────────────────┘
について考えさせてみたい。
 また、
┌──────────────────────────┐
│ どこに新しい埋め立て地を作るとよいでしょうか。        │
└──────────────────────────┘
もおもしろい。見学して「分かった」で終わるのではなく、そういう視点で考えを深めさせたい。
 しかし、これもやはりテストの形式では無理がある。学級全体のテーマとして話し合いを進めていくのであれば適するかと思うが……。
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 次のような問題であれば、テスト形式でも可能ではないかと思える。
例①
┌────────────────────────┐
│ 教室のごみ箱はどこにおくとよいですか。    │

│ それは、どうしてですか。                              │
└────────────────────────┘
 さらに、
┌────────────────────────┐
│ 学校のごみはどこにおくとよいですか。                     │
│ 今の場所の良い面と問題点について考えましょう。│
└────────────────────────┘
と広げる。同様に、
┌────────────────────────┐
│ 自分の家ではごみをどこにおいていますか。   │

│ それは、どうしてですか。                              │
└────────────────────────┘
 それらで、身近な「ごみ」について捉えさせてから、次のように問う。
┌──────────────────────────────┐
│ 地区のごみステーションは、どこにあるといいですか。                │
└──────────────────────────────┘
 自分の足を使って、近所の実態から現在の利点と問題点が浮かび上がってくるであろう。
 この問いに対する答えは、やはり、レポート形式が適する。
  次のような形でまとめさせたい。
┌───────────────────────────────┐
│ Aという事実・事象があるので、未来はBになるであろうか ら、   │

│ 地区のごみステーションは、○○に作るとよい。                    │
└───────────────────────────────┘
  Aには、
 ・地区の住民が増えているから
 ・新しい道路ができたから、
などの現状分析。
  Bには、
 ・ごみが増えるだろうから、
 ・新しい道路ができて交通量が増えて横断しにくくなるだろうから、
などの未来予想。
 ○○をふくめた文末には、
 ・公園の前に移動する。
 ・公園の前にもう一つ作る。
などのように具体的な場所が入る。
 私は、このような段階を踏まなければ本テーマに上げられた未来予測力をつけるテスト問題は出せないと考える。そして、その場合の「テスト」はレポート形式である。そして、その過程においては、集団での討論を取り入れるなどねりあいの場を設定する。
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 身近な問題で気楽(?)に考えれば、次のような問題が考えられる。
  例②
「来年度はどこを自分たちの教室にしたいですか。」
「学校を建て直すとしたらどこに建てたらいいと思いますか。」
「自分が市長や知事となったら、今後どこに道路を作りますか。」
「自分が店長になるとしたら、どこにコンビニを作りますか。」
 これらもテスト形式で与えては、事実や根拠のない空想の夢物語となってしまうのであろうか。しかし、子どもの楽しさとは、その空想の中にあることも否定できない。
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  できればこのようなテスト問題づくりを子どもたちにもさせてみたい。
┌──────────────────────────────┐
│ どこに○○をつくるとよいか。                                                              │
│ ○○にあてはまるものを入れ て、テスト問題を作りましょう。   │
└──────────────────────────────┘
 その問題について、
「どうして○○について考えたの?」と子どもに問う。そして、○○の現在の利点と問題点について考えていることを引き出す。
 本当に問うべきものは、○○ではない。その○○に対する現在の利点と問題点をその子がどのように捉えているかである。そして、
┌───────────────┐
│ 未来はBになるであろうから    │
└───────────────┘
という予測を引き出すことを第一とする。すると、冒頭の新聞記事のような驚きを生む子どもの姿を発見することになるかもしれない。
 頭の固い教師よりも、固定観念にしばられない子どもからの問いの方が真実に迫っていることであろう。
 授業のどこに先生の登場する場をつくるとよいか、などと言われるような世の中がやってくるのかもしれない。


 「社会科教育」(明治図書)2003 2月号