古墳は、大きな宝物入れ

 

 古墳の中に入れたのは、ほんの一握りの人だったろう。だとすれば、たくさんの宝物で自分の偉大さを表そうとした人たちは、まずその入れ物の大きさを競っただろう。つまり、古墳の大きさ比べである。
 古墳は、大きな宝物入れ・金庫なのだ。
  狩りや漁の暮らしによる共同体から富の集中へ、食から装飾への移行を表す物が、大きな宝物入れの存在だ。
 そして、そこは、厳重なカギを無数につけるよりも、捕獲して内部で確実に処理する禁固でもあったはずだ。多くのピラミッドに行き止まりの通路や仮の石室など様々の工夫がされていたように、古墳も、外側を堀で守りながらも、中への侵入者を内部で捕獲する術も備えていたはずだ。何しろ当時は、警備保障も警察もない。
 その後、権力者の関心が、宝物から政治システムにかわったことにより、大きな宝物入れはその必要意義がなくなったのであろう。

 授業のネタ教材開発(明治図書)2004 7月号