社会科学年別「聞く・話す」の基礎技能を鍛える 4年の実践

  お互いに相手の存在を意識させて


 私は、社会科の授業を次のように行ってきた。
┌──<授業>───────────┐
│┌──────────────┐ │
││    前時からの調べ学習の発表    │ │
│└──────↓───────┘ │
│┌──────↓───────┐ │
││ 分かる          │ │
│└──────↓───────┘ │
│┌──────↓───────┐ │
││ 新しいはてな?の発見   │ │
│└──────────────┘ │
└───────────↓─────┘
         家庭での追究
┌──<授業>─────↓─────┐
│┌──────────────┐ │
││    前時からの調べ学習の発表    │ │
│└──────↓───────┘ │
│┌──────↓───────┐ │
││ 分かる          │ │

 有田氏の提唱するオ-プンエンドの授業形式である。
 私は、有田氏の授業を追い続けてきた。
 追試も繰り返した。
 子ども達の日記帳に表れる追究は、それなりのものが出てくるようになってきた。中には、私の知らないこと、感心するような内容、おなかを押さえなければいけないユニ-クな追究も出てくるようになった。
 しかし、それらの追究が授業の発表に生かされているかという疑問はあった。
 それらの多くは紙上でのことで、授業での発表には生かされにくかった。
 授業では、私がそれぞれの子の登場場面を設定してあげなければならないこともあった。
 次第に、私が日記帳での追究をワ-プロで学級通信として広めたり、楽しく読んで聞かせたりしていたことが一番の原因でないかと考えるようになった。だから、日記帳での追究が授業の発表に生かされにくいのだ、と。


 6年生の歴史の学習で参考書等を使って調べた子供達の発表の中には、難しい内容を未消化のままで「先生には分かるはず」という意識での発表もあった。私がかみくだいて説明を加えなければならなかった。
 今にして思えば、話す方は一生懸命でも聞いている方は上の空、そんな授業だったのかもしれない。


 3年生の「わたしたちのくらしと商店街」の学習で、有田氏の試食の授業を追試したところ、子ども達は毎日のように試食コ-ナ-に行って楽しく追究を始めた。
 〔前時からの調べ学習の発表〕だけで、一時間が終わってしまう程の勢いもあった。
 でも、何かが足りなかった。
 子ども達の発表には、教師の私の舵取りが必要であった。
 さらに、上位の子供の発表には、教師のかみ砕いた説明が必要であった。
 追究の発表のさせ方について、考えるようになった。
 当時の私の頭の中には「発表の仕方・させ方」だけがあった。


 3年前に静岡県藤枝市の高洲南小学校で鈴木惠子氏の授業を参観して、私は、授業での「発表の仕方」「聞き方」について深く影響を受けた。
 その結果取り入れたのが、次に記す発表のル-ルである。
 最初は国語の物語文の学習できっちりと身につくまで行った。それを取り入れるようになって各教科での子ども達の発表が変わってきた。私の目標とする社会科の授業にも近づいてきたのである。


①【発表の相手を教師から友達に】
 子どもの教師への発表は、
「先生は、全てを受け入れてくれる存在」
という意識から、知識の豊富な子は、自分の知っている限りの言葉を使って行う。
 その結果、上位の子の発表は、下位の子にとっては、何を言っているのか分からないというようなことになる。
 また、そういう発表を、かっこいいと受け取る誤解も生まれる。しかし、友達同士の話し合いは違う。
 A「この前は○○○だったでしょう?」
 B「そうだったっけ?」
 C「△△△でなかった?」
 B「う~~ん!そうそう。」
 A「あっそうか。そうだった。」
 B「そういえば、○○○は△△△に似ているねえ。」
 より分かりやすい言葉で、相手の同意を受けながら話す。
 つまり、子どもの「聞く」「話す」の力を鍛えるには、

 ┌───────<発表の相手>───────────────────┐
 │ 発表の相手を、教師ではなくクラスのみんなにすべきである。    │
 └─────────────────────────────────┘

 発表の相手がクラスのみんなに代わると
 ・発表が分かりやすくなる。
 ・発表を聞く回りの子が第三者でなくなる。
    ・発表につけたし等のつながりが出てくる。


 ②【ル-ル作り】
 ┌─────────────────┐
 │ 発表者には、聞く側の存在を意識した発表をさせる。         │
 └─────────────────┘
 ┌─────────────────┐
 │ 聞く側には、発表者に対する反応の仕方を確認させる。        │
 └─────────────────┘
 教師の方からの一方的な発表のル-ルの押しつけは、子どもには受け入れられにくい。
 子どもの中から生まれたものがいい。
 これらは、教師が意識さえしていれば、子どもの活動から導くことができる。


★子どもの側からル-ルを!
 教師『これは何の記号だろうね?』
A「発電所だと思います。」
B「発電所です。」
C「発電所??」
教師『‥‥(沈黙)‥‥はい、次‥‥これは工場だよねえ。」
D「先生、工場はみんな同じ長さでしょう」
教師『ええ~?』
D「地図帳の◯ペ-ジを見て‥‥そこに書いてあるでしょう?」
教師『えっ、どこ?』
D「地図帳の◯ペ-ジ‥‥。」
教師『そうみたいだねえ。』
D「はっきり違うでしょう。」
大勢「そうだ、そうだ。」
教師『はい、その通りでございます。Dさんの発表は良かったねえ。(うん)
  どういうところが良かったと思う?』
 「先生に聞いているところ。」
 「地図帳の◯ペ-ジを見てと言ったところ」
 「聞く人に、~してと言ったところ。」
教師『Dさん、どうしてそういうふうに言ったの?』

D「だって、先生、そうしないとしっかり見てくれないもん。」
教師『あらら‥‥‥。』
 「確認しながら言った方がいいよ。」
教師『そうだね。でも、Dさん、みんなは今のこと、分かったかなあ?』
D「えっ?」
教師『みんなにも分かりやすく言ってよ』
D「はい‥‥‥‥、地図帳の◯ペ-ジを見てください。そこに地図記号が書いてあるでしょう?」
 「うん」
 「はい」
 「‥‥‥‥」「本当だ。」
D「だから、黒板に書いてあるのは、発電所だと思います。」
教師『みんな、分かったかな?Dさん、どうだと思う?』
D「うんとか言った人は、分かったと思うけど‥‥‥。』
教師『そうか、わかった人は返事をしてあげるといいんだね。』
 「返事でわかるね。」
教師『じゃあ、どういうふうに言うといいの?みんなばらばらでもいい?』
 「同じ方がいいよ。」
 「分かりやすいよ。」
 みんなで発表者への相づちの言葉を決めるのである。(私のクラスは「はい」がいいということになった。)

 そして、もう一度してもらう。
D「地図帳の◯ペ-ジを見てください。」
みんな「はい」
D「そこに地図記号が書いてあるでしょう」
みんな「はい」
D「だから、黒板に書いてあるのは、発電所だと思います。」
 相づちの仕方を復習する。
 そして、ここが肝心。
教師『Dさん、みんなから返事をしてもらってどんな気持ち?』
D「うれしいよ。」
 「返事してもらったら、うれしいよ。」
 「発表してよかったなあと思うよ。」
教師『じゃあ、この発表の仕方で、しばらくしてみようか。』
 「うん。」
 「でも、難しくないの?」
 「おもしろそうだよ。」
教師『まず、やってみようよ。』
 何度も繰り返すうちに、どういうところで友達に尋ねているのかがわかりにくくなることがある。
 「返事がしずらいよ。」
 という声が聞こえてくる。
 そこで、私のクラスでは、文末に「~~ですね?」とねをつけた時は尋ねている時というル-ルを決めた。
 相づちは「はい」がいいということなので、その通りにした。

 言葉などのル-ルは子どもたちに決めさせていい。
 大切なのは、
 ┌─────<発表する方のル-ル>──────────────────┐ 
 │ 発表者に、聞く人を意識して、尋ねる言葉を入れさせること。     │ 
 │ さらには、友達を動かすなどの働きかけをさせること。        │ 
 └──────────────────────────────────┘ 
 ┌──────<聞く方のル-ル>───────────────────┐ 
 │ 聞く方には、同意する時には相づちをうたせること。         │ 
 └──────────────────────────────────┘ 
 これを守らせることである。
 ①②だけで、授業中の発表に大きな変化が生まれる。
 話の相手を教師からクラスのみんなに変えることによって、発表力は数段伸びる。
特に、上位の子の発表が、みんなに分かりやすいものに変化する。
 常時、子供の話し合い学習をしていく必要はない。そういう活動を経験させることによって、子ども達の発表力は数段伸びるのである。
 発表の相手が教師の時も、聞いている友達を意識しての発表になってくる。
 例えば、子供が教師を相手に自説を主張する時など、回りの子を味方に引き込もうとする発表が見られるようになってくるのである。


 「教材開発」別冊(学期刊)『追究の鬼を育てる』第12号(明治図書)1997 11月