地域を生かす総合的学習の教材&授業1

水の旅・水の流れ グラビア

 「総合的学習を創る」(明治図書)2003 5月号

 大単元の構想と長期ドラマづくりのポイント

 

 四年生担任の昨年度、「水の不思議」をテーマに総合学習を行った。
 四年生の理科・社会科の単元には、水に関わることが多い。理科では二学期に「もののかさと温度」「水のすがたとゆくえ」を学習する。社会科の二学期内容の「ごみ」と一学期の「水道」の学習を交換し、一・二学期通して水に関わることを追究することができるようにした。社会科的な側面から理科的な側面へ、子どもの思考に連続性が出る。常に場当たり的で計画性のない自分にしては、なかなかのものだと満足しての四月のスタートであった。
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 校内の消火器・消火栓探しに続き、まちの消火器・消火栓探しを行った。 朝の会(スピーチを中心にした話し合い活動の場としている)で…………

「うちの車にも消火器があったよ。」
「ジャスコは、入り口にあったよ。」

「新幹線にも消火器はありました。」
「うん、あったよ。」
T「新幹線の中に消火栓はあるかな?」「消火栓は、大きいからないんじゃないの。」 
「そんなに大きいものは、新幹線に乗せられないよ。」
T「飛行機には消火栓はあるかな?」

「飛行機の中が水浸しになるから、消火器なんじゃないかなあ。」
「水で消したら大変だよ。」
【ガーン】一生懸命に話し合う子どもたちの中で、一人落ち込む私。水道管と消火栓のつながりからの発想を求めることは難しいことだと教えられた。
 「水道」「水の流れ」に関しては、個々の断片的な事実を追究させることから入るよりも、一つのテーマで全体像を把握させることによって、個々に関連性をもたせてから追究を導く方がより多面的な学びとなると考えた。
 市役所に電話して、寒河江ダムから水道水が送られてくることを教えてもらった子どもたちに、寒河江ダムから水がどこを通ってくるのかを見学することを提案した。
 ダムから近くのポンプ場まで、水の流れに従ってその道をたどる旅。私の長年の夢でもあった見学コースに子どもたちを導いた。

 

 水の旅  (本書のグラビア参照)
┌───────────────┐
│ ①月山湖・寒河江ダム    │
│ ②水ヶ瀞水力発電所   │
│ ③西川浄水場                     │
│ ④水管橋(四カ所)            │
│ ⑤神町上水道ポンプ場  │
└───────────────┘
 ダムから近くのポンプ場まで、可能な限り水の流れに従って、一日かけてたっぷり見学を行った。
 見学後の調べ学習では、ダムの様々な働き、発電の仕組み、浄水場の仕組み、地面の下の水道管などを追究した。 その後、近くの田んぼの水の流れ、川の水の流れを見学に行った。川で水遊びをしながら、寒河江ダムから村山橋を越えて上り来る水道水と、最上川に向かって流れゆく白水川の2つの逆行する水の流れについて考えた。水は、高い所から低い所に向けて流れるという自然の摂理と、それを逆行させる人間の努力について学んだ。

 

 ぼくの家の水はどこからきているの?

  それと前後して―――――
┌────────────────────────────────────────┐
│ 家の水は、水道と自家水を使っています。自家水は、畑やおふろな│
│どに使っています。水道水は、おふろいがいぜんぶ使っています。    │
│みやた橋には、水道かんがなかったけど、上野台には水道水がとど│
│いているということは、どこかに橋をわたる水道かんがあるんだな。 │
│                         6/11  (O・Kくん)           │
└────────────────────────────────────────┘
 水の旅の見学で川を越す五カ所の水道管をバスから降りて一つ一つ確認させたこともあって、数名の子どもたちが自分の家の水道について疑問を持ち始めた。
「川を越してくるはずの水管橋がない。ぼくの家にはどこから水道の水がくるのであろうか?」
 ポンプ場から、どうやってどこを通って水が家に来るのかについて疑問をもった子たちは、やがて、自由研究で、自分たちの地区にある簡易水道の存在を調べ出していった。
 そして、それが、学年の総合学習の見学会へとつながっていった。水を作り、水を守る人々の姿から、水そのものの存在を再確認することになった。
 そして、さらにKくんは、父親の勤務するフィリピンに行って水道事情について調べ始めることとなった。

 

 ドラマ化を意識して
 自分たちの地域とは違う世界、つまりは、他地域での見学による学びが、実は自分たちの地域にもあることだったという身近な地域の再発見、これがドラマを生む。(多くの場合、その逆もドラマを生むことになる。)
 しかし、本当は、授業者が意識しない方向へ展開したとき、つまり、子どもの発言・追究などから発展して単元計画を飛び出し、学びの中に教師も引き込まれたときに、大きなドラマが生まれる。ドラマは、ハプニングの連続であり、そこに授業者としての大きな喜びがある。
 長編ドラマづくりのポイントは、教師の十分な教材研究と子ども理解、何よりも、受け皿の大きさが要求される。

 

 「総合的学習を創る」(明治図書)2003 5月号