授業でする社会事象の読解力指導ーどこでどう押さえるか  

 共通体験を想起させる指導ーどこでどう押さえるか


 学級や学年で見学に行くとき、つまり、共通体験の場をもつとき、教師は、
┌───────────────────────────────┐
│ ここでは、何をおさえなければいけないか。                 │
└───────────────────────────────┘
 それを明確にしておことが必要である。この場面だけは、この事実だけは、という教師の願いから生まれるもの、そこに焦点が当たるように導いていく。
 同じ体験をしても、経験となって残るものは異なる。
 どんなに共通の体験をしても、そこから生まれる「疑問」や「関心」は、一人一人違ってきて当然である。
 共通体験(一般的な事実・事象)は導いていいが、共通経験を強いてはいけない。
(筆者は「経験」を、「体験」と区別して、個人的な学びと捉えている。)
 体験学習での一般的な共通体験と個別的な経験は、はっきり区別しなければならない。

 

 強い印象を与える体験=事前のしかけ
 当然のことながら、強い印象を受けた体験は想起しやすい。
 昨年度、4年生の総合的な学習で「水の旅」という題で、
 ダム→水力発電所→浄水場→水管橋→水道管→ポンプ場
と水の流れをたどった見学を一日かけて行ったときのこと。学習の流れからいっても、見学の一連の流れからいっても、ダムの一番の目的は、水道水のためにあると考えられた。
 実際、子どもたちの所員の方へのダムの質問の中にも、その目的の順番に対する質問はなかった。
「寒河江ダムの一番の目的は何だと思いますか?」
という所員の方からの質問に「水道」と答える子が多かった。
「一番の目的は、治水です。水害からみんなの暮らしを守ることなのです。二番目は、農業用水の確保です。」
 ダムは、水道水のためにあるという固定観念が崩れた瞬間。こういうとき子どもたちの表情は一瞬にして変わる。
「飲み水よりも大事なことなの?」
「洪水とは、そんなにすごいものなの?」
「お母さんは、寒河江は、昔、洪水が多いと言っていたっけ。」
「そう言えば、バスで来るとき、どんどん上に上がってきたよ。」
 こうした事実から生まれた個々の気づき、その後の追究が、スパイラルに関連しながら学級の学びは深まり社会事象の読解力を高めていくことになる。
 所員の方が話してくれたこの事実は、子どもたちの共通体験となり、それからの学習を支えてくれた。
 この体験は、それまでの子どもたちの様子を察し、所員の方にダムの一番の目的を強調して話していただくことを、事前に電話でお願いしていたからできたことである。目の前の子どもたちの学びに、今何が必要とされているかによって、想起させるべき共通体験は違ってくるのである。何を体験させるか、事前のしかけが重要となる。

 

 想起する場へ導く体験=事後のしかけ
  11月、地区の簡易水道と、土砂災害後の公園の見学に行った。
┌───────────────────────────────────────┐
│………高岩公園は、本当は山だったそうです。でも、土砂くずれで│
│山が少しこわれちゃったので、そこに高岩公園を作ったそうです。  │
│そのこわれた所は、コンクリートでかためてあって、近くの木に        │
│は、もう土砂くずれしないようにロープがつけてありました。たいへ│
│んだったろうなと思いました。じゃ口からすぐ出てくる水だけど、      │
│どこかできれいにされてくるんだなと思いました。それに、水は使  │
│い方をかえると、農業用水やのみ水になるけど、使い方をかえる  │
│と土砂くずれになったりします。私は、使い方をかえるとおそろし │
│いことになるんだなと思いました。                                     │
└────────────────────── (S・Eさん)──────────┘ 
 山の中の簡易水道では市役所の職員の方からの説明を聞きながら、土砂災害後の削られた山の上にできた公園では斜面を見上げながら、浄水場や寒河江ダムでの見学を思い出して比較する子どもたち。
 以前の学習と比較して考える場に追い込めば、柔軟な子どもたちには、ビデオのように鮮明に映像と音声が巻き戻されるものである。そして、以前見えなかったものが、新しい体験を通してパッと見えてくるのである。その後、共通体験後の話し合いで、子どもたちの学びは経験となって深まっていった。
                *
 共通体験は、ただ単に同じことを一緒にしても共通となる視点・事象を意識化するものがなければ意味をなさない。教師は、それらのもととなる事実をしっかり子どもたちに意識化して与えなければならないし、想起する場面・時間を与え、それを互いに認め合う集団に育てていかなければならない。

 

  ①見学場所で一言
 子どもたちの共通語となり得るものを確認する。子どものつぶやきを拾って教師が確認したり、子どもに発表させたりして意識化させるが、
「一番の目的は、治水です。水害からみんなの暮らしを守ることなのです。」
などのダムの所員の方から直接聞いた言葉が子どもには強く印象に残る。

 

 ②事後の感想で
 体験学習後は、必ず感想を書く時間をとることにしている。学年にもよるがだいたい二十分間が適当と考える。そこでは、見てきたことに対する感想をじっくり書かせる。共通体験から、どれだけの気づきや疑問を自分の言葉で書くことができるかを鍛える。
「一番は治水」
「水は、こわいものにもなる。」
 前述の2つの体験学習場面での「見学場所での一言」である。これらを感想を書く子の前で板書することによって、子どもたちは、あの場面・瞬間を思い出し、自分の考えを書くことになる。
 感想はおたよりに掲載して、互いの気づきや疑問のすばらしさを認め合えるようにする。

 しかし、共通体験を想起するのは、このような場面だけではない。意識しない時に、「あの時、ほら……」という子どもの言葉が聞かれる休み時間、給食の時間など、日常生活の中で出てくるのが本物なのである。
 共通体験を想起させようとする教師の姿勢が「授業は布石の連続である」(有田和正氏)という言葉を生み、学びの場での「はてな」を想起し続けている子が「追究の鬼」なのである。

 

 「社会科教育」(明治図書)2003 10月号