【連続特集】補充学習に挑む(第11回)

「やらせてみてからほめる」 小さな所に意味がある

 昔、子どもであった自分は自信を持って言える。
「子どもたちは、やりたいことは、放っておいても勝手にやる。」
 つまり、学校の中で教師は、やりたくないことでも、やらなけばならないことを、どうやってやらせるかに日々悩まされていることになる。
 その場合には、それを行うことの意味を十分説明して理解を得てから行わせる場合と、行った後にその意味を実感させる場合とがある。
 教師は、往々にして前者をねらいたがる。

 

 学級文庫の選び方
 どこの教室にもあるのであろうが、本校でも、各教室に「学級文庫」と称して数十冊の本が置かれている。
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│ どういう本を教室におくか。                         │
│ そこには、教師の明確な判断と意図的な行為がなければならない。        │
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 子どもたちが読みたくなるような本を選んできて並べておけば、子どもたちは喜んで読書をするだろう。そういう考え方が、図書室から学級文庫用の本を選ぶとき、子どもたちに「自分の好きな本」「友達にお薦めの本」を選ばせるという行為を生む。
 しかし、子どもの読みたい本だけを置いていては、子どもの読書の視野は広がらない。学級文庫こそ、普段あまり手に取らないであろう本のすばらしさを学ばせる知的な教材なのである。
 学期当初、学級文庫には、どういう本があればいいかを考える。当然、その時の教師の頭の中には、その学期の教科書の単元が浮かんでくる。物語文ならその作者名が浮かんでくる。総合で取り組みたい活動が浮かんでくる。また、教室で飼うことになるであろうカブトムシに関する本を入れたくなる。果てには、Bくんが、必死に追究している内容のヒントになる本を入れ、個人へのメッセージを送りたくなる。
 限られた冊数の中、思いは巡る。
 たかが学級文庫。
 されど、学級文庫である。
 その情報量は教科書の何倍であろうか。その情報量を授業に生かさぬ手はない。
 本を使った学びは、こういう小さな積み重ねが重要である。私は、図書室での読書指導よりも一層の効果があると考えている。
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 例えば、生活科で虫を扱う場合、その内容に関する本が学級文庫に準備されているのとそうでないのとでは大きな違いを生じる。
 どんなに図書室で読書指導を行っても、現実問題として、すぐ手の届くところに本があるかどうかの違いは大きい。
 二年生の「虫を飼おう」というテーマで十日間毎日虫かごに虫を飼って一緒に暮らさせた。すると、虫くん日記に、Rくんが、
「きょう、バッタをつかまえて、よるじっとしていると、あしをふるわせてないていました。」
と書いてきた。それをみんなに読んだ。
「バッタが?」
驚く子どもたちと同じように、私も、
『バッタが、鳴くの?』
と聞き返した。
「うん。」
確かに鳴き声を聞いたRくんが、なぜか自信のないような声になるほど、みんなの賛同は得られない。Rくんの他に、バッタの鳴き声を聞いた子はいないから当然と言えば当然のことである。
 驚いている私に、
「先生、本に載っていたよ。」
と、Sくんが教えてくれた。
『どこに?』
 すると、Sくんは、教室の後ろの学級文庫からその本を探して見せてくれた。
 がやがやと集まってくる友達の中で、Rくんと、Sくんはうれしそう。
 実体験を認めてもらえた子、その裏付けを指摘できた子、こういう瞬間が子どもたちに学ぶ楽しさを実感させてくれる。そして、それは、その場に居合わせた他の子たちにも伝わっていく。
 子どもたちの柔軟な目はすばらしい。一度読んだ本でも、その内容を映像のように記憶し、思い出すことができる。
 バッタの本を読んで、図鑑のおもしろさに気づいた子たちは、やがて、ウマオイやキリギリスなど別の生き物の図鑑を読み始めた。勿論、それは、図書室から自分で探してきた本である。

 

 集中して書く時間を築く「宿題」

 できればしたくないもの。やらなくてすむのなら投げ出したくなるもの。それは、宿題である。
 学校で解けた問題も家庭での宿題では解けなくなる。その第一の理由が集中力の欠如である。テレビを見ながら、お菓子を食べながらで、集中力が落ちないはずがない。
 また、授業中でもプリントなどドリル学習に集中できない子もいる。
 その間をとって集中して宿題を書かせる「場」をつくる。
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│ 授業の最後10分ぐらいに宿題を渡し、『時間があるから、書いてもいいよ。』と言う。│
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「先生、やさしい~。」
といううれしい言葉が聞かれる。しかし、何のことはない。その時間に書かせるべきプリントと宿題プリントを一緒に渡しただけである。
 これは、ものすごい集中力を生む。少しでも多く書けば、家でたくさん遊べるという最高の意欲付けが子どもの背中からオーラとなって表れてくる。
 みんなが集中して「シ~ン」という音が聞こえてくるような空間を共有し、その心地よさを実感することができる。
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 ドリルなどを見てノートに書くという宿題よりも、プリントなどそのもの一つで書けるものの方が忘れ物が少なく、内容も定着しやすい。学年が下がれば下がるほどその傾向が強い。集めて確認する教師の手間もプリントの方がより効率的である。

 

 「心を育てる学級経営」(明治図書)2004 2月号