「やまがた教育実践研究」第2号 山形大学教育実践研究会1998年3月

40人の子供達と保護者の方々から学んだこと
            ───1年生を担任して       ───          

                                東根市立東根小学校  沼澤 清一
 
 初めての1年生担任となった。これまで、2年生を担任したこともなかった男性教員である。
 希望したこととはいえ、やめとけば良かったかなと思った。担任を希望した当時 165あった入学児童数が、 160に減った。あと1人のところで、40人の4学級となった。
「低学年は初めてなのですか?」
「うわ~、40人なんですか‥‥‥大変ですねぇ。」
 回りは様々言うが、当の本人は、比較すべき対象を持っていない。39人の6年生を担任した時よりも教室の空いているスペ-スは広い。ゆとりがあるなとさえ思った程である。
「大丈夫なんですか?」
 回りの対応は、ちょっぴり冷たい。高学年の担任が、低学年に下りてくることへの対応は、もっと温かくてもいいと思った。私の力不足を心配されてのことと思うが、自分達の領域へ侵入されたという意識がないとは言えない雰囲気があった。ただ、年配の先生方からは、「いいことですね。勉強になりますよ。」と温かい応援を受けた。
 知らないということは強い。
 比較すべきものを持っていないということは、ありがたいことと思った。
 わが家には、1年生の娘がいる。この子が実験材料であり、唯一の相談相手であった。

 

 私は、長らく、学校は授業をするところであると思ってきた。
 1年生の4月は、授業とは何なのか、を教えられた。気づかせられた。
 40名の集団生活。さらには、4クラスの連携。何事にも時間がかかった。 
「先生、トイレ。」  「便所」  「しょんべ」
(1時間のうちにこんなにトイレに行ってて、どうなるのだろう。)
(ふらりと立って歩くこの子は、このまま2年生になるのだろうか?)
(1年生だからこうなのだろうか?)  
(4月だからこうなのだろうか? いや、私の指導力が不足しているからなのだろう。)
 生活訓練が毎日をしめる授業。集中力は45分ともたず、15分授業を3つ続けて行った。
 ひらがな一字の学習で終わる一時間の授業。別世界にいるようであった。
 (しかし、何をやっても乗ってくる乗りの良さは最高であった!)

 

 4月の目標を、「ありがとう」と言える学級づくりとした。
 なぜ言うのか、と考えさせることよりも、どういう時に言うのかを教えた。そして、まず、私が言うことから始めた。紙を集めてくれた子に、ありがとう。くつを並べてくれた子に、ありがとう。チョ-クを拾ってくれた子に、ありがとう。
 すると、いつしか、子供達もありがとうを口にするようになってきた。連絡帳にハンコを押してあげると「ありがとう」『どういたしまして』。 プリントでのひらがな練習時、机間巡視をしながらマルをつけて『上手だよ』と言うと、「ありがとう」の返事が返ってくるようになった。
 次第に友達同士でも言い合うようになってきた。鉛筆を拾ってあげる子。「ありがとう」と言って受け取る子。友達同士のつながりが、出てきたように思えた。
 1年生の子は自己主張が激しい。自分と担任との世界の中に生きている。友達と「ありがとう」を交わす中から、友達の存在を意識するようになってきたようだ。
 感謝の気持ちから「ありがとう」と言うのが普通の大人の感覚である。
 わがクラスの1年生は、「ありがとう」と言う場を多く見て、言う場面を知り、自分も「ありがとう」を口にするようになった。「ありがとう」を口にすることによって、感謝する場面を知り、感謝の気持ちが自覚できた。
 子供に考えさせてから、子供の意見を大切にしながらも大切である。しかし、模範を示し、経験させることを通して、気づかせることも大切なのだなとあらためて感じた。

 

 1年生の教室のベランダから、中庭に出ることができる。そこは結構な面積で、滑り台、砂場、池があり、多くの植物が植えてある。
 1年生への接し方を知らない私は、毎朝そこで子供と遊んだ。一緒に遊ぶ中から学ぼうと思った。
 7時30分には教室に入り、45分頃玄関の鍵が開いて教室に走り込んでくる子供達を待った。一通り子供達の様子を観察した後、中庭で一緒に遊んだ。子供達は、私の後について回る。いつしか、手をつなぎ、服を引っ張る。近くに寄れない子は、「先生、来て~」と呼ぶ。「一緒に走ろうよ。」「虫がいたよ。」「金魚を見つけたよ。」口々に語りかけながら、引っ張り回される。30分以上も中庭で遊ぶと、朝自習が始まる。1時間目が始まるまで、結構疲れる。初めての経験であった。
 中間休みも、「遊ぼう。」と誘われる。
 その中から、「昨日ねえ、○○へ行ってきたの。」という話を聞いたり、「お母さん、今日お泊まりなの。」と寂しそうな様子の原因を聞き出したりすることができた。
 遊びを通して、子供達からたくさんのことを学ばせてもらった。高学年を担任していたとき、こんなに子供達と遊ばなかったなと反省させられた。
 パワ-一杯の子供達と一日過ごすと、確かに疲れる。しかし、「大変ですねえ。」と言われるほど大変だとは思わなかった。確かに休み時間、給食時など、ボ~っとする時間はないが、放課後はたっぷり余裕があった。何より、裏のない素直な子供達の中にいることが、精神的に落ち着けた。子供達の目を通して、いろんな発見もできた。机の引き出しに入れておいた松ぼっくりが開いたのを見て、遠藤俊祐くんが「先生、松ぼっくりが育ったよ。」と言った。こういう発見が新鮮で実に楽しい!

 

 4月から、子供達の良い行動を見つけ、具体的に学級通信に書いてきた。好評であった!
 私は、子供達の名前を覚えるのに時間がかかる。――?――どうしたか? 何に書き残したか?
 座席表が良かった。名前を覚える前でも机の位置を頼りになぐり書きができた。
 B4の紙に座席表を印刷し、毎日子供達の様子を見ては一日一枚書き続けて行った。
 学級通信には、毎日の授業での様子も書いた。5月中旬まで各時間したことを箇条書きに書いた。
 その後は、その日の目立った様子を書き続けてきた。お家の方は、学校での様子を知ることができ安心されたようだ。家庭からの連絡帳に書かれる内容に、それが表れるようになってきた。
 5月中旬から、家庭からの連絡帳に書かれたことを、学級通信に載せた。その日のうちに返さなければならない連絡帳に、じっくりと返事を書く時間はない。学級通信に詳しい返事を書いていった。
 すると、保護者の方から、勉強になることがどんどん書かれてくるようになってきた。
 保護者の理解を受けると、子供達はどんどん前向きに伸びるということも分かった。一緒に子供を育てるというところから始めると、教師と保護者の関係はこんなにうまくいくものかと教えられた。

 

 連絡帳に子供達に文章で連絡を書かせてきた。(有田和正先生のおたよりノ-トの追試である。)
 今は、私の板書が終わると同時にノ-トを持ってくる子(私が確認をしてシ-ルをはる)が4人いる。 130数字であれば、10分あれば40名全員が書き終る。(板書時間4分を含む)
 1年生は、目に見えて成長を感じとることができる学年である。指導した分だけ成果が表れる。実に楽しい! 授業と授業の間の日記で追究を深めることを目標としてきた私の授業形式が行えない寂しさはあったが、今思うと、その分、子供を見ようとする意識を高めてもらえたような気がする。
 言葉に表せない・文字に表せない子供達に、子供の姿を見ることの大切さを教えてもらえた。
 討論ができなかった分、教えることの大切さにも気づかせられた。
 子供達の日記を10月28日から始めた。驚くことばかりである。3年生を担任した時、高学年と比べその変化の大きさに驚かされたが、それが問題にならないくらい1年生の子供達の変化は大きい。
 1年生を担任して、多くのことを学ばせてもらった。見る目を鍛えられた。感謝、感謝である。