通知表の所見欄「光る言葉」のモデル例    計画をたて意欲的に追究で   光る言葉とダメ言葉 

     記録欄    「学習活動」で光る言葉とダメ言葉

 

1 説明と事実

 四年生の総合「水の不思議」で、ダムの見学を行った。その後の個々の追究「水の研究」で、Rは、森林からダムまでの水の道のりについて調べた。
 その記録欄には、次のⓐとⓑのどちらを選ぶべきか。
┌──────────────────────────────────┐
│ⓐブナの木が水をたくわえることの大切さを知り、それを切手材料にかえる│
│ことに疑問を感じていました。自然の大切さを強く感じていました。             │
└──────────────────────────────────┘
┌──────────────────────────────────┐
│ⓑ「ブナの木は、宝石ような水をたくわえているのに、人の手で切られて木│
│炭やパルプなどに使われるなんて残念です。」と感想を書いていました。    │
└──────────────────────────────────┘
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 ⓐのように説明的に記述するよりも、ⓑのようにその子の言葉を記述する方が、インパクトは強い。光る言葉は、ⓐからは生まれにくいのではないだろうか。保護者の心に残る光る言葉は、活動から生まれた我が子の語る言葉ⓑであろう。 
 私は、所見欄に子どもの活動内容を詳しく記述するよりも、子どもの具体的な事実を記述することが多い。特に、その通知表を保護者の方に直接渡して一言言うことができるような場合には、意識してそうする。

 事実と事実をつなぐ後述の▲やこちらの真意を、保護者の口から言わせたいからである。

 

2 伝えたい言葉を相手に言わせる
「計画をたて意欲的に追究しました」ということを伝えたいのであれば、あえてその言葉を使わないように工夫する。矛盾するようであるが、光る言葉を生むことになる。
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【4年・総合のテーマは「水の不思議」】
┌──────────────────────────────────┐
│ 入・上野台簡易水道の見学では、高区配水池まで登り、そこまで水を上げ│
│ることで落ちる力で水が流れていくことに改めて感動していました。       │
│ 自分の毎日飲んでいる水道のすばらしさだけでなく、土砂災害で崩れた山│
│を直して作った公園の水抜き栓を見て、「また崩れ落ちないように水をぬい│
│ている。」と水の恐ろしさについても考えを深めていました。             │
│      【Aの二学期総合の所見から抜粋】             │
└──────────────────────────────────┘
 これを読んで分かるのは、私とAの保護者でしかない。
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 それは、水道の水源地を探り寒河江ダムまでみんなで見学に行ったところからスタートした。その後、Aは、夏休みの自由研究で自分の家の水道の水源が寒河江ダムからのものではないことを調べだし、祖父と一緒に簡易水道に見学に行き、研究をまとめた。しかし、どうして水源からわざわざ高いところまでにさらに水をあげるのかが分からなかった。水源そのものがすでに高い場所に存在していたからである。
 これは、学年全体での見学会へと広がった。当然Aは、初めて見る友とは違った視点での学びを得ていた。それが、Aの改めて感動した姿であった。
 「また崩れ落ちないように水をぬいている。」
というAの感想は、学級通信に載せたAの見学後の感想文からの引用である。そして、その公園の存在と作られた過程を私に教えてくれたのは、だれあろうAの祖父である。
 これらの語らずも伝わるAの保護者とのつながりがあっての本所見である。
 学級での見学ではあっても、Aにとっては、自分の自由研究からの経緯、つまり、疑問の継続と解決があった。その違いを伝えることが、計画をたて意欲的に追究したAの姿を伝えていることになったと考える。
「ああ、自由研究で不思議に思ったことを、また行ってみて解決できたのですね。計画性などない子だと思っていたのに。」
 私の言いたかったことが、保護者の方から言葉になって表れてくる。
 伝わり合う関係があればあるほど、細切れの事実だけで表せる。その細切れの事実をつなげるものを共有できるところに光る言葉は存在する。
            *
 そもそもだれが読んでも感動できる所見など書けはしない。子どもの成長を共有することのできる教師と保護者の共通語は、万人の共通語にはなりえない。
 また、どんなに上手な言葉で所見を飾ってみても、その言葉の陰に隠れた子どもの活動がイメージでき、伝わらなければ意味はない。しかも、その伝わり方は、
 ①→②→③→④→⑤
という明確なものではなく、
 ①→(▲→)③→(▲→)⑤
で伝わるものでなければならない。▲の部分が暗黙に伝わっている関係でしか、光る言葉は存在しない。

 

3 主観の産物
 ところで、事実の伝達に教師の主観は入らないかと言えば、決して、そうではない。子どもの多くの活動の中からの事実の選択(切り取り)こそ教師の主観そのものなのである。  
 つまり、通知表の記録欄にどんなに客観的な事実を集めようと努力しても無理なのである。

 

  総合的学習を創る(明治図書)2004 2月号