教科学習で自己評価技能を鍛える 

 自己評価をさせるには!


 そもそも、自己評価は難しい。自分の行動などが最善なものになり得ているか、それを判断するには、最善のもがわからなければできる訳がない。
 時には教師が自らの言動で示す。
 時には模範となるものを子どもたちの中から見つけ子どもに価値付ける。
 それらを繰り返すことによって子どもの中に判断基準を育てることが自己評価技能を鍛えることになると考える。


1.板書
 授業中、教師が子どもの発表を板書する。
 B君の発表は板書し、H君の発表は板書しない。
 そんな小さな所でも、子どもの自己評価を促し、鍛えることができる。
 子どもは、自分の発表に対して、瞬時に評価を受けるのである。
(ぼくの発表が黒板に書かれないのは、どうしてだろう?)
(どういうことを発表すれば、黒板に書いてもらえるのだろう?)
 やがて、子どもの発表は、話し合いのテ-マに迫っているかということを意識した発表になってくる。子どもの発表がかみ合った授業が展開されていく。
 シビアな授業と受け取られるかもしれない。しかし、これを楽しい会話の中で、さりげなく行っているのが有田和正先生の授業である。
  全ての子を認めようと、発表全てを板書しようとする人もいる。必ずしも子どもを伸ばすことにはなっていない。
 自己評価をするということは、自分の良さに気づかせることと共に、自分の失敗にも気付かせることである。後者は現在の教育で大きく不足している。(と思うのは、私だけであろうか。)社会的には、過激なまでの自己評価が行われているのに、学校の中では偏った自己評価をさせているように感じる。

2.調べ学習の発表
 参考書や辞典を使って調べる。市役所へ聞きに行く。様々な調べ学習の後、授業で発表する。しかし、発表者は一生懸命であるが、発表者にしか分からない一方的な発表となることが多い。これを打破しなければいけない。
 2・3名で発表させ、発表の良くなかった所をみんなに考えさせる。(数名一緒にが良い。一人では耐えられない子が多い。)
 「声が低くて聞こえません。」   →①声の大きさ
 「もっとゆっくり話すといい。」  →②話す速さ
 「○○って、何ですか?わかりやすく説明してほしいです。」  →③内容の難しさ
 大体3点に絞られる。発表者は、言われて初めて気がつくことが多い。
『じゃあ、もう一回発表してみようか。』
 大きな声で、ゆっくり発表させる。③は、発表者も分からない言葉を使っていることもあるため、時々教師が、
『そこのところ作戦会議をしよう』
と発表を中断して、固まって話し合う。楽しそうに、明るく、わざとみんなにちょっと聞こえるように行う。
『よ~し、じゃあGさん、がんばって!』
 いつしかみんなの声援を受け発表は終わる。
 発表の時、何に気をつけて、どのように行うと良いか、数名の発表者をモデルにして確認するのである。そして、これをクラスでの発表の模範とする。
 上手な子を指名し、どこが良かったかを考えさせるよりも効果は大きい。上手な子の発表は、だれでも分かっている。子どもはみんな、ああなりたいと思っている。しかし、できないのである。
 自分と同じような子が、目の前で変わった。できるようになった。
 それを実感させることが大切である。
『Gさん、Kくん、Tさんが発表してくれました。最初はうまくいかなくて、みんなに直す所を教えてもらいましたが、最後には、みんなのお手本になりました。すごいね。みんなもこういうふうに発表できるといいですね。』
 失敗を、成功談にして終える。

 私のクラスでは、発表の中に、「~ですね」「~か?」というみんなに尋ねる言葉を入れるル-ルを作った。発表に対するみんなの反応をつかむためである。
R「ケ-キ屋さんでも、0-157のためにくふうをしていると思いますか?」
「はい。」
「野菜とかだけじゃないの?」
R「工夫をしています。最初にク-ルタッチを入れて‥‥‥。」
「ク-ルタッチって何ですか?」

R「こういうのです。」
 ケ-キ屋さんに0-157について質問をしに行った子たちの発表である。
 みんなの反応をとらえながら発表することができる。自己評価をしながら発表できるのである。


3.日々の追究
 私は、授業をオ-プンエンドで終え、子どもたちの追究を日記帳に書かせている。それを学級通信に載せて広めている。
 4月は、子どもたちの書いてきたものの中で、楽しいもの・ユニ-クなものを多く載せる。朝の会や終わりの会、授業の中で読み聞かせをする。話を広げたり、おまけをつけたりして、楽しく読んでいく。
 すると、いつの間にか、子どもたちの書いてくる日記帳の内容は、明るく楽しい内 容でいっぱいになる。
 それを、また学級通信に載せていく。
 学級そのものが明るくなっていく。
 ス-パ-の学習を始める。すると、ス-パ-で見てきたこと、はてなと思ったことを楽しく書いてくる。その子の文を載せる。
 子どもたちは、楽しくス-パ-の追究を始める。
 努力しても授業の力量に乏しい私は、日記帳と学級通信で子どもたちの追究を広げてきた。
 どういう子のを載せるか。(教師)

 どういう子のが載るのか。(子ども)
 いつしか、私の思惑通りに子どもたちは追究するようになってきた。そして、やがては、私の手のひらから飛び出して行く子たちが登場してくることになる。


4.良い授業
 良い授業をしたい。教師の持つ願いである。そのために、良い授業を見る。追試をする。自己評価をする。
 子どもたちに尋ねたりする。
『今日の授業はどうだった?』
「おもしろかったよ。」
 それで満足する。そこで終わる。
 そこには、大きな落とし穴がある。
 子どもたちは、良い授業を知らないのである。授業後の自己評価の基準となる授業を知らないのである。
 平成6年、6年生を担任した時、子どもたちに鈴木惠子先生、築地久子先生、有田和正先生の授業のビデオを見せた。
「あんなふうに話し合っていいの?」
「席を移動してもいいの?」
「ああいう話し合いの仕方がいいのか。」
 子どもの授業に対する意識は大きく変わった。私が何度語るよりも説得力があった。
「僕たちの発表、どうだった。この前のビデオの発表みたいになってきた?」
 授業に対する自己評価が聞かれるようになってくる。効果絶大である!


「授業のネタ 教材開発」1997 12月号