読者とのツーウェイ 私の教材発掘 総合的な学習

 水の流れにそって


 四年生の理科・社会科の単元には、水に関わることが多い。
 私たちの生活の中心にありながら、教科・単元で輪切りにされ、断片的に教材化されている「水」。自分たちの生活を見直させるには、この上ない学習材である。
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 四月、社会科の消防署の学習で、校内の消火器・消火栓探しに続き、まちの消火器・消火栓探しを行った。
 学校近くの消火栓探しを行った時……
「たくさんある。どこで火事になってもホースで水がとどくような所にある。」
「こんなにいろんな所にあるとは思わなかった。」
 道路に散らばって、消火栓とそのホースのおかれている場所などを確認しながら、
(道路の片側に消火栓があることの意味)
には気づけない子どもたち。
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 消火器・消火栓探しの発表の場面………
「うちの車にも消火器があったよ。」
「ジャスコは、入り口の所にあったよ。」
「新幹線にも消火器はありました。」
T『新幹線の中に消火栓はないのかなあ?』
「大きいから、ないんじゃない。」
T『飛行機には消火栓はあるかなあ?』
「飛行機の中が水浸しになるから、消火器なんじゃないかなあ。」
  水道管と消火栓のつながりからの発想を求めることは難しいことかと思った。
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「水は、山から流れてきます。」
「水道は、地面の中を通って来るんだよ。」

「火事になったらここ(消火栓)から水を出すんだよ。」
 断片的な知識は持ち合わせていても、それぞれに整合性がない。
 たくさんの情報に囲まれ知識豊富な現代の子どもは、一つ一つの事実に驚くよりも、事実と事実のつながり(関連性)に気づいた時、目の当たりで事実と直面(真実性)した時に大きく心を動かされる。
 水の流れは、その全体像を捉えさせることが大切だと考えた。
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 市役所の水道課に電話をして、東郷地区には寒河江ダムから水が送られることを聞いた子どもたち。
「やっぱりそうか。」
「ダムは水道のためにあるんだ。」
 分かった気になった子どもたちを前に、寒河江ダムから水がどこを通ってくるのかを見学することを提案した。この場合、
┌──────────────────────────────────┐
│ 個々の断片的な事実を追究させることから入るよりも、全体像を把握させ│
│ることによって、個々に関連性をもたせてから追究を導く方が、より多面的│
│な学びとなる                                            │
└──────────────────────────────────┘
と考えたからである。
 スクールバスを借りて、ダムからの水の流れを追究することになった。
※東根市では、登下校で使用するスクールバスを、使用していない時間帯に借りることができる。運転手の経費・燃料費、全て市が負担してくれる。体験学習などで、子どもが学びの場を広げるには願ってもない条件である。


 水の旅
 学校から片道七十分の旅が始まった。
①月山湖・寒河江ダム
②水ヶ瀞水力発電所
③西川浄水場
④水管橋(四カ所)
⑤神町上水道ポンプ場
 水の流れに従って、一日かけてたっぷり見学を行った。
◆寒河江ダムの第一の目的は、洪水から守るためということを説明していただき、「洪水」という得体の知れないものの存在に気づく子どもたち。ダムの上から下を見下ろし、そして、下に降りて見上げた時、その偉大さに改めて感動することになった。
◆発電所では、大きな音を出して回るモーターに驚き、水の流れでモーターを回して電気を作ることを知った。
◆浄水場では、水をきれいにする壮大な設備を水の流れにそって歩きながら、ついさっき見てきたダムの水の変化を目の当たりにした。できたての水を飲んだ時の感動は大きかった。水道管の模型の中を歩いて、初めて水道管を意識することができた子も多い。
◆ダムからポンプ場まで、地中を走る水道管の上を可能な限り通って行った。
 橋を渡るたびにバスを止め、バスから降りて水道管を探させた。水管橋は、地中では見えない水道管を唯一見ることができるものである。最上川を越える村山橋は、橋の両脇に通る水道管が見えた。倉津川では川を越える水管橋の下に立たせて、みんなで並んで水管橋を見上げた。
「ここまでして水を運ぶのかあ。」
「浄水場からここまでつながっているんだね。」
◆神町上水道ポンプ場。ただの建物としてしか見ていなかったものが、浄水場からのつながりで捉えることができた。
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 水の動きを考えるとき、
┌─────────────────┐
│ 水は、高い所から低い所へ流れる。 │
└─────────────────┘
 そういう当たり前のことに感動を覚えずにはいられない。そして、その自然の摂理に逆らうところに人間の工夫と努力のあとが見られる。
  川の水、側溝の水、田の水、それらの流れ全てが高い所から低い所に向かっている。私たちはそういう自然の中で生活していたのだと新鮮な感動を覚えた。
  寒河江ダムから最上川までは、間違いなく水は高い所から低い所へと流れている。最上川を越える村山橋から神町ポンプ場までは、明らかに低から高へと流れている。
 地形の中の高低は、模型や地形図からだけでなく、川のわきに立たせてその流れから、田んぼの水の流れから、側溝の水の流れから捉えて、模型や地形図・等高線へと深めて行きたいと考えている。
 昨年行った白水川での水遊び―――。
 今年同じように行ったとき、昨年と同じ場所に立って、子どもたちは何を考えるであろうか。この水もやがて最上川に合流すること。遠くに見える月山ダムから流れる寒河江川と同じように。
 そして、一方では、私たちは浄水場からの水を飲んでいる。
 流れゆく水と、登り来る水。それらを通して、子ども達は何を考えるのであろうか。

 今後の進行
 これから下水処理の方法と仕組みについて、子どもたちの追究が向かうはずである。渇水・洪水については、毎年のように騒がれる新聞記事やニュースの中から見つけだしてくるはずである。水の三態変化は理科の学習と関連して二学期に行う。雨や雲の仕組みについても実験で確認してみたい。
 水の流れという視点で個々の教材を捉え直すことで、子どもたちの追究は関連性をもちながら深まることになるはずである。
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「学校が火事になったら、消火のための水はどこから取りますか?」
 避難訓練後に指導に来てくださった消防署の方に尋ねた。学校近辺のどの消火栓から水を取るのか、私は頭の中で考えた。
「まず、プールから取ります。」
 消防署の方は、答えた。
「消火栓は、どことどこから取りますか?」
 私は、当然のように尋ねた。
「消火栓は、何カ所も使いません。水圧が下がって、放水できなくなります。」
「あっ」と思った。子どもたちの飛行機の消火栓と同じような発想の自分の姿に気づいた。 
 分かったつもりからの脱出。
 そこに学びの楽しみがある。

 

 「授業のネタ 教材開発」(明治図書)2002 9月号