個を生かす集団学習・集団活動ー低学年

  間違いを通して

 私は日々の実践で、授業のオープンエンド化を核にしながら、次のことを取り入れている。
○生活科を中心とした実物からの「問い」を通しての学び合い
○朝の会での自由な発表
○それらをつなげる日記帳・学級通信
 実践を通して、「個を生かす」ということは、その子の事実をその子の中で完結させず、全体で共有することによって集団学習の礎を築くことと考えている。

 

①間違いをもとに
 授業記録から(一年生生活科4月19日)
(おーー)        
『これたんぽぽだって。』
S「これは駅でとってきました。いっぱいありました。」
「だれととったんですか?」
S「一人で行きました。」
「何本ぐらいあったんですか?」
S「10本か9本ぐらい」
(へ~え)
「何駅でとってきたんですか?」
S「近江八幡駅」
「だれととったんですか?」
S「一人で」
「何にのっていきましたか?」
S「自転車で」
「いつとったんですか?」
S「今日です。」
『今日の朝?』
S「そうです。」
『ふつうのたんぽぽは何色?』
(黄色)
『じゃあ、ふつうのたんぽぽと比べてみてどうだろうか?』
「何で白いたんぽぽがあるんですか?」
S「わかりません。」
「その白いのの中身は、何で黄色いんですか?」
S「花粉」
「黄色やったらまん中に白があるし、白いたんぽぽだったら外側に白があってまん中に黄色がある。」
『すばらしい。色を比べてみたんだね。』
「何で黄色いたんぽぽが花びらが多くて、白いたんぽぽが少ないの?」
『花びらね。黄色いたんぽぽは、ずっと黄色かな。Tくんが、たんぽぽの特徴を調べました。Tくん、はい。』
T「たねのちかくのくきがむらさき。たんぽぽは、ちいさなはながあつまってできています。」
◆Tくんに春探し日記の中からたんぽぽについて書いたことを読んでもらった。授業の中に日記で調べたことを活用していく。

『たんぽぽさんは、一回倒れます。その後、起き上がります。起き上がった時は、たんぽぽさんは、こうなるのです。これ、何?』
(綿毛)
『お花が咲いているときは立っている。立っていたのが倒れて、花がちょっと枯れてくる。その後、起き上がります。起き上がった時には、白い綿毛になるそうです。で、飛んでいくんだね。』
◆ていねいに書くことはできても、読むことは不得手なRさん。そのRさんの日記を実物投影機で映しながら読んだ。

『今のは、黄色いたんぽぽ』
「白いたんぽぽと黄色いたんぽぽは育ち方が一緒なんですか?」
『いい質問でしたね。』
「白い花は倒れるんですか?」
S「倒れへん。」
『絶対、倒れないの? そうかなあ?』
「それは何で白いんですか?」
「白たんぽぽと黄色たんぽぽは、どっちが大きいのですか?」
S「黄色いたんぽぽの方が大きいと思います。」
「白いたんぽぽは、綿毛になるんですか?」
S「綿毛にはなりません。」
『白いたんぽぽは、綿毛にならないの?』
(そうやでえ)
S「だから倒れへん。」
(ずっとそのままやでえ)
『白いたんぽぽは、「おーいたぽんぽ」って飛ばないの?』
(そうやでえ、黄色いたんぽぽしか飛ばへんでえ)
『そうしたら、白いたんぽぽはたねがないの?』
(そう)
『黄色たんぽぽさんは、綿毛でたねを飛ばします。白たんぽぽさんは綿毛をつくりません。何か困ったことはないの?』
(ずっと開いてるままで、でえへん)
「何で白たんぽぽはまわりが白で、黄色いたんぽぽはまわりが黄色いの?」
S「わかりません」
『白たんぽぽは、綿毛がないなんて絶対ないと思うなあ。』
(綿毛なしやでえ)
(なし)
『白たんぽぽは、たねがないの?』
S「たねはない。」
『たねがなかったら、困ることはないの?』
「何でたねがないのに白いたんぽぽはそだつんですか?」
「だんだん少なくなっていく。」
『植えられないものねえ。………では、白たんぽぽ博士、ありがとう』
◆観察力の鋭いSくんは、この後、白いたんぽぽの綿毛をも見つけるであろうから、結果を待つことにした。

 入学してから8日目の生活科の授業である。この日は、カブトムシとスミレ、そして、白タンポポの3人の発表があった。
 実物を提示した子が、友達の質問に答える。「問うこと」を通した対話を中心に授業が行われることを、入学段階で位置づけていく。たどたどしいが、対話でのルール、質問の仕方のルールを互いに学び合っていくことができる。


②気づきの訂正を学びとして価値付ける
 朝の会では、思いや気づきをことばに出して表せる自由な時間として、また、友達の気づきを共有できる時間として、健康観察を行っている。前日の学習の後に調べたこと、また、これまでの経験から分かること、様々な意見が出される。これは、授業のオープンエンド化、日記での追究と連動して、教室の学び合う空気を作り、一体化された話し合いの土台となっていく。
                  *
 朝の会から(4月26日)
『Nさん』
N「はい元気です。昨日パソコンのインターネットで、かたつむりクリームというのがありました。」
(ぼくもあった。)
N「ねばねばしたのが、肌にいいんだって。」
『えっ、かたつむりくんは、化粧品で立派に仕事をしているんだ。』
(そう)
『じゃあ、かたつむりくんを顔中のっけておけばいいのに!』
(ハハハハ)
(それいいねえ。)
『先生も美人になるかな?』
(今でも美人だと思うけど)
『ありがとう、うれしいわぁ』
(アハハハ)
(こわい)
                  *
『Sくん』
S「元気です。かたつむりのことじゃないけど、白いたんぽぽに綿毛がある。」

◆前日の授業「カタツムリとナメクジは親子か?」の後の調べ学習についての発表が続く中、Sくんの今朝の発見が発表された。
                  *
 この日の朝、教室に入って来るなり
「先生、白いたんぽぽにも綿毛があった。」と話しかけてきたSくん。新しい発見に喜びながらも、そこには、間違ったことを発表したことへの負い目が感じられた。
『すごい! よく見つけてきたね。』
  大げさに誉めた。そして、
『朝の会でみんなにも話してみて。』
「………うん。」
 不安そうな表情で返事をしていた。
                  *
(えっ)
『こういう研究がすごい! この間は、綿毛はないと言ったんだよね。』
S「うん。」……笑顔になるSくん。
『でも、今日は見つけてきたんだよね。こういうのを研究と言う。前には違うと思ったことが、次には分かる。では、問題です。白いたんぽぽの綿毛は黄色だと思う人? 赤だと思う人? やっぱり白だと思う人?金色だと思う人? さあ、Sくん、白いたんぽぽの綿毛は?』
S「白」
(いえ~い!)
『気づくのは、すばらしい!』
              *
 比較的おとなしいSくんが、みんなの前で発表することができた。間違いを訂正することができた。間違いを認めることを乗り越えたSくんの笑顔に、多くの子の安心がうまれた。
 間違ったことが、新たなドラマとして価値付けられる。教室の中の空気はこうした事実の積み重ねで作られていく。
 この後も、Sくんの白いたんぽぽの綿毛の事実を引用して、間違うことは大したことではない。それに気づくことによって、そして、直していくことが本当の勉強なのだということを語ってきた。
 また、学級通信で家庭へもそのすばらしさを伝え、学び方について広めて行った。

 個の事実を共有してそこから学ぶことができるのが集団学習の良さである。
 間違いも互いに認め合い共有することによって学級の財産となっていくのである。

   授業力&学級統率力(明治図書)201110月号

 

<白いたんぽぽ>  ※実物投影機で大きく映しながらの発表