教科書を活用し「教えて考えさせる」授業                  
   一年・「ずうっと、ずっと、大すきだよ。」  教科書名 光村図書
 考えさせるために教える内容 


 一年生の11月に扱う教材としては、かなりの読み取りを求められる教材ではないかと思う。でも、だからこそ、読み取る楽しさを実感させられる貴重な教材とも言える。
 本論では、実践をもとに三の場面の「ずうっと、大すきだよ。」と、四の場面の「ずうっと、ずっと、大すきだよ。」(題名と同じ)に焦点をあてて述べていく。


 実践から
①三の場面の前半(p293行~p31)
┌──────────────────────────┐
│『【大すきだよ。】と、「ずうっと、大すきだよ。」は、│
│どう違いますか。』                                          │
└──────────────────────────┘
※「ずうっと、大すきだよ。」と、「ずうっと、ずっと、大すきだよ。」の違いを捉えさせるため、ここで敢えて「ずうっと、大すきだよ。」と、本文にはない【大すきだよ】との比較を行った。
【大すきだよ】と比べることを教え、後の「ずうっと、大すきだよ。」と、「ずうっと、ずっと、大すきだよ。」との比較を容易に行えるようにする。
 嘗て、この段階で【大すきだよ】との違いを扱わず、四の場面に入ってから二つを比べてその違いを捉えさせようとした時、もととなる「ずうっと、大すき。」の理解が不十分では深まらないことを教えられた。(筆者は4年間続けての一年生担任である。)
 分かりやすいAをもとにして、AとBの違いを比べることによってBを確かなものにさせる。それをもってBとCを比べるからCを考えることができる。
 単にBとCを比べても考える視点を持たない子たちに考えさせることは難しい。
                      *
「大すきだよだったら、いつ大すきかわからないけど、ずうっと大すきだよだったら、ずうっと大すきってわかる。」
「大すきだよは、いつも大すきだよ。ずうっと大すきだよは、死んでも大すき。」
「大すきだよは、いつ大すきだかわからないけど、ずうっと大すきだよは、ずうっとずっと大すきだよと同じで、死んでも大すき。」
「大すきだよは、今しか大すきじゃなくて、ずうっと大すきだよは、死んでもいつまでも大すきってこと。」
『大すきは、今。ずうっと大すきだよは、今だけじゃないのね、これからもね。これからエルフは、どうなるの?』
「死んじゃう。」
『すぐに死んじゃうの?』
「違う。」
「だんだん年をとっていく。」
『だんだんっていうことは、これからエルフは、よくなっていくの? 悪くなっていくの?』
「悪くなっていく。」
『エルフにとってのこれからは、悪くなっていく。ぼくは?』
「大きくなっていく。」
  …………………<略>…………………………………
『エルフにとってもこれからって、どういうこと?』
(年をとっていくこと)
『どんなに年をとっていっても大すきだよってことだね。小さいころ言わなかったけど、ぼくはエルフのことが大すきだったんだね。今ぼくが言っているのは、エルフ大すきだよじゃないんだよ。ずうっと大すきだよっていうことだよ。悪くなっていっても、ぼくは大すきだよっていうこと。』
※「死ぬ」ということと「死に近づく」ということの違いは、この時期の子どもたちには難しいことだが、「ずうっと、大すき。」がどんどんひどくなっていくエルフの生に向けたことばで、「ずうっと、ずっと、大すき。」がエルフの死を受け入れたことばという大きな違いに気づかせるためには教えておかなければならない点である。


 この後の十分間の感想から
◆ぼくは、エルフがとしをとって、とてもとてもさみしくてかなしいとおもいます。エルフは、まくらにならなくてもいいし、おこられなくてもいいからいいと思います。でも、エルフは、ぼくのきもちがわかって、ぼくがかなしんでしまうから、だから、そのきもちがかなしいと思います。もしも、ぼくじゃなくてわたしだったら……そんなかなしいひびなんかたえられないとおもいます。わたしは、ぜったいにそんなのいやです。でも、しょうがないことです。みんな、犬も人げんもそうなるからです。
◆ぼくがエルフのことを、ずっと大すきだよといってるのは、こういういみだと思います。うごけなくなったりするからいってあげてるんだと思います。大すきだよは、いま大すきということ、ずっと大すきだよは、うごけなくなってもつぎの日もずーっと大すきといういみです。                                        


②四の場面(p34~p35)
┌───────────────────────────────────────┐
│ 『「ずうっと、ずっと、大すきだよ。」というのは、どういうことなのだろう?』       │
└───────────────────────────────────────┘
「ぼくもエルフも死んだ後も、ずっと大すきということ。」
『死んだ後も………。』
「エルフが死んで、その次のペットをかっても、その次のペットをかっても、ずっと大すき。」
『「ずうっと、大すきだよ。」というのは、エルフがどうなっているとき?』
「どんどん悪くなっていくとき。」
『どんどん、悪くなっていくときだね。そのときに、「ずうっと、大すきだよ。」って言ったんだよね。【大すき】というのは?』
「今、大すき。」
「今日だけのこと。」
「ずうっとずっと大すきというのは、一生大すきということ。」
「エルフがおじいさんになってもすきで、エルフが死んでもすき。」
「死んでも、天国に行っても、大すき。」
「ぼくがおじいさんになっても、地獄に行っても、大好き。」
「離れ離れになっても、死んでも、天国に行っても、ずうっと大すき。」
「死んでも大すき、ぼくが死んでも天国でいっしょにあそぼうね。」
『離れ離れってすごいなあ。「ずうっと、大すき。」は、離れ離れではなかったの?』
「そう。」
「どんどんひどくなっても……。」
「ずうっと大すき。どんどんひどくなっても大すきだよって。」
『このずうっとずっと大すきというのは、エルフが死んでもずうっと大すきだよってことだね。ようこさんが言った「離れ離れ」、もうエルフが死んでいっしょにいられないね。でも、大すきだよって。』
                  *
 エルフの死を越えて「ぼく」の中に生まれた意識「ずうっと、ずっと、大すきだよ。」の言葉の理解が図られたため、この後、「ぼく」が次に生き物を飼ったとき、このことばを最初から言うかどうかについて意見を交わすことができた。
 

 十分間の感想から
◆わたしは、さいしょからいうと思います。だって、エルフのときのつらいけいけんで、はじめからいうと思います。そして、そのペットがしんでも、思いつづけて、いっしょう思いつづけると思います。もちろん、エルフのことも、けっしてわすれないと思います。かぞくぜんいん。そして、そのつぎのペットも、そのつぎのつぎのペットがしんでも、エルフのことも、エルフのつぎのペットも、そのつぎのペットもかぞくぜんいんわすれないと思います。       
◆はなしのさいごに、まいばんずうっとずっと大すきというとかいてあるから、はじめからだと思います。もう一つは、もうことばをさいしょはまだしゃべれなかったけど、もう今はしゃべれるからだと、ぼくは思います。
 エルフをかっていて、いわなきゃいけないということがきまったのかなあと、ぼくは思います。つぎは、ぼくは、どんなどうぶつをかうのかがたのしみです。いうのは、さいごまでたのしくすごしたいからだと思います。あと、しんでもぼくは、どうぶつが大すきなんだなあと思いました。    


 最後の感想から
◆わたしは、このお話をよんで、あることに気づきました。わたしは、まえ小さいころは、びょうきにかからなかったら生きものや人は、しなないと思っていました。でも、このお話をよんで、はっきりと生きているものは、いつかはしんでしまうんだと思いました。
 そして、かたちのあるものは、いつかはくずれてしまうとわかりました。わたしもいつかは、しぬんだなあと思いました。
 生きていたくても、ときはどんどんすぎていくから、いつかはぜったいしんでしまいます。わたしのかぞくも、いつかはしんでしまうので、さみしいな。だから、いまのうちにしあわせをあじわっていないとだめです。そのときそのときのしあわせをしっかりあじわわないとぜったいにだめだと思います。
 そして、エルフのお話でも、いつかぼくもエルフのようになって、さいごはしんでしまうんだなあ。それは、かなしいです。
 このお話は、わたしに、人げんは、としをとるとしんでしまうということを教えてくれました。               
◆エルフのつかっていたバスケットをあげたけど、ぼくは、エルフにかんしゃしていると思います。たぶん、ぼくは、エルフとおなじようにずうっとずっと大すきだよというかもしれません。ぼくは、エルフのことを大すきだから、そのけいけんでつぎにあたらしいペットをかうときは、エルフにいったよりもっともっとずうっとずっと大すきだよというのかもしれません。それと、犬は、ほんのすこしだけ生きれないから犬ではないどうぶつをかうとおもいます。
 このお話は、ぼくに、生きものはさいごにしぬけど、あいのことばをいっていたら、さいごにはこうかいしないことを教えてくれました。

 「国語教育」(明治図書)20104月号 「教えて考えさせる」授業の提案