基礎学力づくりでないから総合ーは本当か
  基礎学力の生かされていない学習は

  総合的学習でありえない!         
     
 総合的学習が生まれると「教科学習は基礎基本を、総合的学習は応用を」と定義付けたがる。基礎的なことを排除していれば、子どもの表面的な生き生きとした活動を導けば総合的であるという極論に走る。
 キャッチボールばかりさせて野球のゲーム本来の楽しさを味わわせることの少ない指導は改良されるべきである。しかし、それはあくまでも、ゲームの楽しさを知った上で、キャッチボール等の基本的練習の必要性を子どもが自覚し、その練習に進んで参加することができるようになることをねらいとしてである。
 子どもは本来的に活動を楽しむ。そこに、気づきを導き、意味づけをし、「学びの楽しさ」を実感させるのが教師の役目である。
 基礎学力が生かされていない中で、真の気づき、疑問は生まれない。学ぶ楽しさの実感などはない。低次元のおちゃらけた笑いを楽しさと誤解するだけである。


  「総合的学習を創る」(明治図書)2001 3月号