力をつける宿題の出し方―中学年  3年[平成21年度実践]
   授業のオープンエンド化           
   
 宿題の意義
 宿題を出す目的について次の二点から考える。
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│①学習内容の習熟を図るため                             │
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  授業後、時間をおいて家庭で繰り返すことによって習熟を図る。計算や漢字などのドリル学習がこれにあたる。
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│②学習の生活化を図るため                              │
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 家庭生活と授業での学習を結びつけ、子どもの学びを深める。後述するはてなの追究や調べ学習がこれにあたる。
 ①は、明確に指示された課題があるため、「できる」を繰り返すことによって学ぶ意欲を高めていく。
 しかし、指示されたことを指示されたように行うことが多いため、指示待ち人間とならないかという指摘がある。
 ②は、「はてな?」の疑問を持ち、追究することによって独り勉強の習慣を築き、学ぶ楽しさを身に付けていく。
 しかし、具体的で明確な指示がないため、どうすればいいのか、子どもによっては動きが取れないという指摘がある。
 ①と②、どちらの宿題がよいかという議論は、意味がない。どちらも必要だからである。要は、学年・学級での子どもの成長段階を踏まえ、適切な兼ね合いで指導していくことが大切である。
 以下に、②の宿題について述べていく。

 はてな帳・オープンエンド化
 有田和正氏の実践で有名な「はてな帳」。
 疑問・気づきを大切にした学習日記である「はてな帳」には、授業を開いて終えるオープンエンドの授業形態が隠れている。「はてな?」を残して授業を終え、子どもの家庭での自由な追究を導く。そして、やがて、それらの追究を通して身に付けた力で、生活場面から自分発の「はてな?」を生み出し、新たな追究へと広げていく。
 子どもの追究の記録が、はてな帳に表される。生活場面を通して自由な発想・自由な時間から生まれる追究には、豊かな表現力が備わってくる。書くことによって子どもを鍛える有田氏の主張がそこに表れている。
  授業のオープンエンド化と日記での追究がシステム化された形の宿題が、自ら学ぶ意欲の育成として有効である。以下に有田実践を追い求める私の拙い実践から子どもの姿で述べていく。


 実践Ⅰから
 3年生の四月、あさりの中に入っていた「ピンノ」について日記に書いてきた子がいた。帰りの会の10分間を、その子の発表と質問にあてた。ピンノとあさりの関係につてたくさんの「はてな?」が生まれた。すると、


 私は、H君が持ってきたピンノという貝の中に住むカニを見て、二年生の時に習った「サンゴの海の生きものたち」のことを思いだしました。このお話に出てくる「イソギンチャクとクマノミ」「大きな魚とホンソメワケベラ」は、どちらもちがったしゅるいの生きものが、仲よくいっしょに生活している「共生」でした。でも、ピンノは、ハマグリやアサリの貝の中に入りこんで生活し、貝を食べたりはしないけれど、貝がやせてしまったり、がいをあたえてしまう「き生」です。「き生」は、ある生物が他の生物の体にくっついたり、体内に入ったりして、その生物からえいよう分をとって生活することで、ピンノの他にノミやダニも「き生」をしています。また、他にも動物や植物の中に「き生」をして生活をしているものがたくさんいるそうです。
 私は、「共生」と「き生」のどちらがよいか考えてみました。なんとなくおたがいに仲よく生活している「共生」の方がよいような気がしました。でも、相手にがいをあたえてしまうけれど「き生」しなければ生きていけない動物や植物もたくさんいるし、「き生」してはいけなくなると、そういう多くの物が生きていけません。こまってしまいました。
 すると、お母さんが、
「世の中には食物れんさなんてこともあるし………。」
と、言いました。「食物れんさ」って何? そこで辞書で調べてみました。
 食物れんさ……自ぜんの中のさまざまな生物の間に、「食べる」「食べられる」というかん係がいくつもつながってつづいていること。たとえば、草をバッタが食べ、バッタをカエルが食べ、カエルをヘビが食べるといったつながり。
と、書いてありました。そして、この見えないくさりの一つがかけると、他の生き物もほろびてしまったりするそうです。だから、き生している動物や植物にも、きっとみえないつながりがあって、すべてひつようなものかもしれないと思いました。    4/24

   

 はてなをもつとこうした調べ学習が行われる。そして、この子は、さらに生活場面を通して、


 土曜日にお母さんと夕食の買い物に行った時、お母さんが、
「野菜が高くなっているね。お天気が悪いから……。」
と、ため息をついていました。私は、それまで野菜のねだんについて、あまり考えたことがありませんでした。
 家に帰って、朝日小学生新聞を読んでいると、ここにも、「野菜が高くて大へんです」という記事がのっていました。
 高いって、いったいどのくらい高いのかというと、京都のスーパーでは、キャベツは2倍、レタスは1.5倍にねだんが上がっているそうです。だから、土を使わないで水で育てているグリーンレタス等、お天気にえいきょうされにくい安いねだんの野菜が人気なのだそうです。
 これだけ科学やぎじゅつが進歩している時代でも、やはり自然の力にはかなわない。人間の力は、ちっぽけなものだということをあらためて考えてしまいました。「人間と自然」上手に「共生」できるようになりたいと思います。        4/26 

          

 ピンノから得た寄生と共生を食物連鎖につなげ、人間と自然の関わりへと深めていった。
 私は、ピンノの日記、話し合い、その後の調べ学習を学級通信に掲載して一連の流れのシステム化を図った。これらが授業のオープンエンド化の土台となるからである。


 実践Ⅱから
 授業のオープンエンド化が機能するようになると、開いて終えることがなくても、子どもたちは関心のあるものを調べて日記に書くようになってくる。国語の説明文「すがたをかえる大豆」の学習に入ると……


 今日、「すがたをかえる大豆」をやって、もやしも大豆からできると書いてありました。でも、今日の夕食は緑豆もやしでした。お母さんは、
「緑豆もやしのほうがおいしい。」
といっていました。辞典は、萌やし……だいずや麦などの種子を水につけ、むしろに包み、芽を出させたもの。と書いてあって、そのよこに萌やすと書いてあって、意味が、芽を出させることと書いてあったので、ほんとうにもやしは萌やしなんだな。でも、緑豆と大豆のちがいはなんだろう?
 明日から、大豆日記をはじめます。その日大豆をたべたとか、なにに入っていたかを書きます。緑豆はしらべたけど、じしょ3さつ中0こでした。明日しらべます。 10/28
 朝のパンに大豆が入っていました。10/29   (Rくん)


 さっそく朝食で見つけたものを出がけに日記に書き足している。関心があると子どもは自ら動いていく。


 今日、Rくんが緑豆もやしがありますと言っていたので、スーパーへ行って、もやしのコーナーの所へ行きました。すると、全種類、緑豆もやしでした。びっくりしました。そして、お母さんに、
「なんで全部緑豆もやしなの?」
と私がきくと、
「ここでは、緑豆もやしだけだけど、ほかのスーパーではちがう種類のもやしを売っているよ。」
と教えてくれました。
 やっぱり緑豆もやしが多いんだなとわかりました。ちがう種類のもやしは、大豆のほかになにでできているのかな。 10/29 
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  ダイズ
 科=マメ科 目=マメ目 属=ダイズ属 漢字=なし
 ダイズは、マメ科の一年草。また、その種子のこと。種子は食用になる。未成熟のものは「枝豆」という。ダイズは、農作物として世界中で栽培されている。日本では、縄文時代にできたと思われる。
 大豆には、苦み成分のサポニンが入っている。(だからいろいろな加工をしているんだな。)
 大豆はなにからできているかというと、一つの説は、日本にある「ツルマメ」が元の大豆だという。(ツルマメは、マメ科ダイズ属の多年草のこと)
 大豆は、脂肪、ミネラル、カルシウム、鉄分などが多い。だから、日本やドイツでは「畑の肉」、アメリカでは「大地の黄金」とよばれている。
 加工すると、豆ふなど、菌を加えるとみそ、しょうゆ、しぼると大豆油など、本当に肉みたいに加工できます。
 また、そのままさやつきで食べるえだまめは、水でゆでるので苦み成分のサポニンがなくなります。
 こうして、おいしくたべられるように大豆を食べます。つづきは「大豆②」をかきます。      10/30  


  追究する日記の威力
  「書くことの楽しさを実感させる」という題で本誌5月号に書かせて頂いた。生活科での実践をもとにしたものであった。本稿は、帰りの会での発表後の追究(内容は理科であろうか)と国語での子どもたちの調べ学習からである。
 前回も、そして、今回も国語教育を語る本誌に対して、これで良いのかなという気持ちが私の中にあった。
 オープンエンドの授業と日記による追究、それらを朝の会・帰りの会でつなげ、学級通信で広げていく拙いながらも私なりの一連の指導方法を振り返った。
 もし、我がクラスの子どもたちが書く力を身につけているとするならば………子どもたちは、マラソン練習はあまり好まないが、サッカーだと力の限り走り続ける。作文力をつけようと書かせるのではなく、おもしろい「はてな?」を追究させることで書く力を身につけさせる。そういう作文指導の仕方もある………ということではないかと思う。
 宿題の出し方として参考にして頂ければ幸いである。


 「国語教育」(明治図書)20117月号 力をつける宿題の出し方