「言葉」を豊かにする学級での指導 

   伝え合いが言葉を育む
   

 本テーマを、朝の会の「当番の話」の実践をもとに述べていく。
 当番の話は、朝の会でその日の日直(又は輪番者)が話をして、時には司会をしながらみんなからの質問に答えるという形式が一般的であろうか。どこでも行われているものである。
 それを、次の点にこだわって行うと、大きな違いが生まれる。
┌───────────────────────────────────────┐
│ 発表する子の発表内容よりも、発表する子と発表を聞く子のつながりに重点をおく。│
└───────────────────────────────────────┘
 ここで身に付けさせたいものは、上手な発表の仕方、上手な聞き方ではなく、
┌───────────────────────────────────────┐
│ 互いに支え合うことのできる不完全さの共有であり、補い合える互いの存在の確認で│
│ある。問うことによって生まれる友達とのつながりである。              │
└───────────────────────────────────────┘
 会話を通して何を学習させたか、身に付けさせたかではなく、会話することそのもの・その場の共有に意義があると考えるのである。
 言葉が豊かになるとは、語彙力が増えるという量的側面の向上だけではなく、伝え合いの中で、「言葉」に個々の発表者の表情・抑揚・感情が重なり「言葉」と「身体」の調和が成り立ったとき(質的側面の向上)に可能なのである。
 言葉を大切にするということは、言葉を発した相手の存在を大切にするということに他ならない。
 近年、言葉が「身体」から遊離している。 携帯電話は、話す相手の「表情」「身体性」を無にした。メールは、更に言葉の「抑揚」「間」「感情」を無にした。
 他者との関わりが、文字だけの世界は、子どもの心をどんどん無味乾燥なものへと変えていってしまうのではないだろうか。

 

2年生の実践から
 4月24日、Fくんが長いふきのとうを持ってきた。良い機会だったので、当番の話のお手本をしてもらうことにした。Fくんに前に出てもらい、ふきのとうを見つけた時のことを簡単に話してもらった。その後、
『Fくんに聞きたいことはないですか?』
と、みんなに尋ねた。するとたくさん手が上がった。
「他にも大きいのがあったのですか?」
「いつ頃に行ったのですか?」
「だれと行ったのですか?」
 その一つ一つにFくんはていねいに答えてくれた。
『こういうふうに、当番のお話は長くなくてもいいから、みんなで質問をいっぱいしましょう。』
 具体的なお手本を示し、翌25日から当番の話は始まった。当番がみんなの前で話す。それを静かに聞く。最初はそれだけでも大変なことであった。
T「昨日、学校から帰ってからゲームをしたとき、妹が私もさせてと言いました。何か質問はありませんか? (はい、はい)Nくん。」
N「何のゲームをしたのですか?」
T「スーパーファミコンのドンキーコングです。(はい、はい)はい、Sくん。」
S「まさか、9時までしたんじゃねえだろうなー」
 ドスのきいたどなり声でSくんが叫んだ。それを聞いて笑う子、数名。
T『そんな言い方をしたらいいのかな?』
  「だめ。」「だめえ。」
W「だめだよ。言いたくなくなるよ。」
  子どもたちは、受けを狙ったふざけた口調を非難し、楽しく話し合うことを選んだ。
「妹は何歳ですか?」
「妹の名前は何ですか?」
 当たり前の様な質問、その返事を通して子どもたちの会話がなりたっていった。
         ……………………
 4月の担任当初、いつもケンカが絶えず荒んだ言葉で騒がしく随分驚かされたクラスが、一つの話題でまとまっていく。
 発表に対するからかい、ふざけた質問、相手をバカにした質問に対して、子ども同士が自然に指摘し合う場面がみられた。私は、時々脇でそれにうなずき、前向きな子どもの意見を誉めていくことにした。
 当番の話を続けるうちに、語尾を荒げてやくざ口調で友達を呼び捨てにしていた子たちが、穏やかな口調で友達に話すようになってきた。それは、一度みんなの前に立って当番となって話をしてから顕著に表れるようになってきた。自分の話をみんなが聞いてくれる。恥ずかしそうに発表しながらも、どの子もそういう場面を待っていたのである。自分の存在が受け入れられていると感じたとき、子どもは、友達の意見に耳を傾けるようになった。
 子どもたちの話し方も、時間と共に変わっていった。
 まず、質問だけでなく、発表に自分を重ねて伝えることができるようになった。例えば、家に帰ってから公園に遊びに行って虫を捕まえたことを発表した子に対して、「昨日川に行って、ぼくもカマキリを捕まえました。」と発表する。友達に自分を重ねて考え、よりそうことができた。
 また、友達への意識が高まると発表を聞いて、「その時、○○ちゃんは、どう思いましたか?」と相手の気持ちを問う質問もみられるようになった。
 更には、友達の質問の続きを発表する子。「今、○○くんが言ったことだけど、その時ぼくは一緒にいて、………をしました。」
 質問者に質問する子。「○○さんは、~って言ったけど、……はどうなのですか?」
 鳥を手に乗せて遊んだことを話した子へ「今度、ピーちゃんが階段を上れるようになったら教えて下さい。」と共感を示す子。
 やがて、半年もすると当番の話の話題は、学習内容を深め、新しい発見を導く内容へと質的にも発展することになった。
 言葉は子どもの「心」を表す。しかし、それは、多分に語彙的意味合いよりも、身体から発せられる「その子の息吹」としてのものである。子どもの言葉に対して、もっと敏感に身体性を感じ取らなければならない時代が来ている。
  心を育てる学級経営(明治図書)2004 12月号