「郷土愛」を育むネタ   4年「きょうどを開く」

 さくらんぼから学ぶ


 「東根で有名なものは?」という問いに、ほとんどの子は、「さくらんぼ」と答える。果樹王国東根の中でもさとうにしきを中心とするさくらんぼは特に有名である。
 東根市は、作付け面積・生産量とも県内第一位である。
 子どもたちは、さくらんぼが有名なことは知っている。しかし、そのさくらんぼに至るまでの農家の苦労の歴史を知る子は少ない。 ずっと昔からさくらんぼで有名であったと考えている。いや、そんなことは考えたことはないというのが正直な所であろうか。
「今あって当たり前のさくらんぼが、実は、昔から多くの人々の苦労があってできあがったものなのである。」
 調べ学習を通して、そういう発見を導き、新しい視点から地域のことを考えさせることによって、地域を愛し発展を願う子どもたちを育てたいと考えた。


 第1次『なぜ東根でたくさんのさくらんぼをつくっているのだろうか?』の問いに、
◎気温がいい(正確には気候)
◎土がいい・水はけがいい
◎地形がいい
◎農家の人が多い
と子どもたちは4つの条件を考え出した。
「昔田だった所に、今はさくらんぼを植えている。だから、つくっているところはふえてきているはずだ。」
 授業後の子どもたちの追究により、その事実が集められた。
・さくらんぼの作付け面積は増えている。
・東根はさくらんぼつくりに適している土地と気候である。
 ・しかし、農家の数は減っている。
 自分の家族・近所などから事実を知り、市役所で調べたり、関係出版物等から探したりして、いろんなことが分かってきた。
 調べていくうちに、
「昔はナポレオンというさくらんぼをつくっていた。今は、さとうにしきが多い。」
「ナポレオンは、すっぱくてうれなかった。」

「佐藤栄助さんという人が、さとうにしきを発明したんだよ。」
「さとうにしきは、甘くておいしいよ。」
 【 ナポレオン  → さとうにしき 】の移り変わりの追究へと入っていった。
「ナポレオンは加工して食べる。」
「さとうにしきの方が、おいしくて高いよ。」
 単純にいかないのが作物の世界である。
『ナポレオンの木を切って、さとうにしきにした方がもうかるんだね。じゃあ、どうして全部さとうにしきにしないの?』
 第4次のはてな?となった。
 家庭での追究が始まった。
 収穫時期をずらすため。さとうにしき同士では受粉できないから。さとうにしきは雨に弱いためハウス(屋根のようなもの)をつける手間・費用がかかる。さとうにしきは手間のかかる箱詰め。ナポレオンはコンテナでドサッと。………様々な理由があった。農家の人の苦労と努力が見えてきた。
 市役所に行って調べてきた子たちの発表によると、
①  昔は東京まで4日かかって、さくらんぼは、運んでいく途中で腐れてしまった。だから、一度つくるのをやめた。
②  でも、工場で加工して缶詰にして売られるようになると、さくらんぼ(ナポレオン)はたくさんつくられるようになった。工場ができたことがラッキーであった。
③  そして、今は交通が便利になったので、生で運ぶことができるようになった。だから、生で食べておいしいさとうにしきがたくさんつくられるようなった。
 おいしいから売れるというのだけではなく、いろんなことが関係してくるというのだ。さくらんぼが売られることに輸送方法が関係していたことへの子どもたちの驚きは印象的であった。


 第6次、子どもたちが探してきた3つの資料を使って話し合った。
 その中の一つ<栽培面積の推移と生産の推移>の円グラフは驚きであった。
 分かりやすく表すと次のようになる。

「おかしいよ。」
「植えている面積は増えているのに、生産量は減ってきているよ。」
『どうしてなんだろう?』
 家庭での追究を経て、翌授業で話し合った結果、九つの原因を考え出した。
①車とかで環境が悪くなった。
②土地が増えても農家が減っている。
③古い木を切って植え替えの時期だから。
④昔は大きさよりも量。今は甘くて大きいもの。だから、数(量)が減る。
⑤天候の影響(雹・霜など)
⑥花粉を運ぶミツバチが寒い日に死んだ。
⑦雨で実が割れた。
⑧鳥に食べられた。
⑨台風がきたから。
 翌日、市役所に行って調べてきた子たちの発表を聞いた。様々な条件は考えられるはずであるが、主に⑤だとばかり思っていた私は、一番の理由が④であることを教えてもらい驚かされた。つくる側ばかりに立って話し合ってきていたことに気がついた。消費者の嗜好に合わせた生産者の努力についても話し合うことができた。

 

 第9次、扇状地(東根)の絵を描いて来た子が土地の使われ方について発表した。
「ただすきでりんご畑やさくらんぼ畑をつくったんじゃないとわかりました。果樹園をつくろうなんて、誰が考えたのか不思議です。それに、なんで東根だけがじゃりなのかなあと思いました。他の市にもあるのかなと思いました。東根もじゃりなどもなく他の市みたいだったら、今頃は何をつくっていたのかな。わたしは、歴史ってすごいなと思いました。」   (Kさん)
 東根は、米をつくれないダメな土地であった。

だから、
 桑畑→たばこ畑→りんご→さくらんぼ
と努力の連続だったのである。
「今までさくらんぼの勉強をして、はじめは人々の努力があったなんてことは思ってもいませんでした。でも、こうして今までをふりかえると、人々の努力があったんだなあと、今思います。さとうにしきを考えた佐藤栄助さんや、交通を良くしてくれた人、それに、もうだめだとあきらめなかった人。こうして果樹王国東根ができたんだと思いました。もし、考え出してくれなかったら、何にも出来ない東根になってしまうところだったと思いました。人々の努力があったから、こんなすてきな果樹王国ができたのだと思います。」(Yさん)
 この後、佐藤錦を生んだ佐藤栄助さんのご実家にお邪魔して昔話を入れてさくらんぼつくりの説明をして頂いた。地域教材ならではの調べ学習の広がりがあった。


 「授業のネタ 教材開発」(明治図書)1998 5月号